かつて宮沢賢治が岩手県を「イーハトーブ」と呼び、その長閑な故郷の風土を自身のユニークな心象風景、物語と重ね合わせることで理想郷を作り出したように、井上直久は自身が住む大阪府茨木市を「イバラード」と呼び、その独特な世界観を絵で表してきました。井上直久は「イバラード」の名を口にした瞬間、また意識した瞬間に目に映った風景・事象すべてが幻想的で不思議な世界へと変貌を遂げるといいます。見慣れた駅前の風景は広大な丘陵地に、自宅裏の麦畑は黄金色に輝く原野へ。
イバラードは魔法使いが住む国です。空中には浮島ラピュタや小惑星が浮かび、多層海には四季が同時に存在し、街には色とりどりの植物や光が溢れる市場があります。これらの不思議な国の景色が絵画を通して私たちに伝えられますが、イバラード世界は幻想の物語でありながらも、完全なる無から創造されたものではありません。現実と空想との曖昧な境界の中で井上が感じ取った色や形をきっかけに、湧き出してくる心象風景であり、画面上の創造行為は絵画表現だからこそなし得る技であるともいえます。井上直久の描く「イバラード」は、「見方をほんの少し変えるだけで、世界は面白くなる」ということを私たちに教えてくれる理想郷としての景色でもあるのです。
本展ではこれまで井上直久が長く手がけてきたイバラード世界の原画を中心に、スケッチ、版画、立体造形物などを通して、その創造世界を紹介していきます。また同時に、貴重な原画作品と向き合うことで、絵画表現の力を直接受け取ることのできる機会としたいと考えます。